日本三大さざえ堂と言われている、埼玉県本庄市児玉町の成身院(じょうしんいん)百体観音堂へ行って来ました。歴史は古く、八世紀後半(奈良時代)の出土品もあったようですが、度重なる火災や盗難により古い時代のことは、あまり分かっていないようです。
それでも土地柄や雰囲気などミステリアスな部分が多く、とても魅力的なので、今回紹介させて頂きたいと思います。
成身院百体観音堂へのアクセス
『成身院百体観音堂』への行き方は、さほど難しくはありません。
『総合運動公園』の一角なので、カーナビでも検索可能です。
〒367-0214
埼玉県本庄市児玉町小平597
問合せ:本庄市観光農業センター(Tel:0495-72-6742)
高窓の里『百体観音堂』
拝観受付:10:00〜16:00
休館日:木曜
拝観料:300円
電車:JR八高線児玉駅からタクシーで10分
お車:本庄児玉ICから南西へ約9km
車は観光農村センターへ
二度手間にならないよう、ます注意点を説明します。
百体観音堂(さざえ堂)を礼拝する場合は、観光農村センターに向かいましょう。駐車スペースがあり、拝観料の300円を支払います。
その後、裏手の階段を登り、さざえ堂へ向かいましょう。
直接、さざえ堂へ向かってしまうと、一旦階段を降りて受付をし、また登る手間が発生してしまいます。
整備された駐車場と休憩直売所です。
ちょこちょこ礼拝客は来ますが、何もなければ混みません。
山の上に、さざえ堂が見えています。
百体観音さざえ堂
天明3年(1783)浅間山が大噴火し、火砕流や岩屑なだれによる洪水が発生。1500人余の人が命を落としました。多くの遺体が利根川を流れ、戸谷塚(伊勢崎市)では連日村人が総出で収容、手厚く埋葬し地蔵尊を建立したと伝えられています。
成身院69世元真(げんしん)は利根川の河原に壇を築き、近隣の僧と共に法華経(ほけきょう)一万部を読誦し弔ったそうです。
更に元真は百体観音像造立を発願しましたが、果たせず亡くなりました。百体観音の完成は寛政4年(1792)観音堂、周辺の整備は寛政7年(1795)とされています。
さざえ堂向かって左に、大日如来が鎮座しています。
礼拝し、いよいよ中へ入ります。
入り口は、こちら。
圧倒的なスケールで、正直、おどろきました。
とても、神々しいです。
薬師如来像(左)寛正7年(1466)
阿弥陀如来像(中)応永12年(1405)
釈迦如来像(右)応永12年(1405)
天井には、天女が描かれています。
階段は急で狭いので行かれる方は、気を付けて礼拝して下さいね。
仁王門
拝観料の関係で、さざえ堂の紹介が先になりましたが、まず初めに目にするのは、この『仁王門』です。
宝暦9年(1759)に建立されたそうな。
石柱に『児玉霊場 第一番札所 成身院 百体観音』とあります。
右側の仁王様は、創建時の姿を残されているのだとか。
とても、興奮します。
あまりの迫力に、うろたえ謝ります。
成身院の猫
仁王門の先に見えたのが、成身院本堂の山門です。
ちなみに私、地蔵菩薩の大ファンでして。
萌えます(●' ∀')ノ
成身院は火災で本堂を失い、庫裡を改修して建てられたそうです。
なるほど。
見た目に違和感があるのは、その為でしょうか。
ちなみに、猫寺ですヾ(*ΦωΦ)ノ
この通り、仲良く穏やかに暮らしております。
都会の猫からしたら、うらやましい環境でしょうね。
『高窓の里』小平集落
さざえ堂の反対側にお墓がありまして、そこから小平集落が望めます。
画像左下に見えるのが『高窓の家』で、養蚕業が盛んだった頃に造られた蚕棚の換気用窓だそうな。この集落は『高窓の里』と呼ばれています。
お墓の向こうは、八高線の児玉駅方面です。
都会ですね。
さざえ堂の前には、桜の木がありました。
春には、素敵なコントラストを見せてくれることでしょう。